産業保健コラム

岡本 浩


所属:岡本労働安全衛生コンサルタント事務所

専門分野:健康、安全、環境の分野

溶接ヒュームの間近に迫った猶予期間と懸念される有害性

2021年12月1日

 「溶接ヒューム」に時間的猶予がない状態が迫ってきました。溶接ヒュームは特定化学物質(以下「特化物」と略します)第2類に取り込まれその義務として特化物作業主任者の選任が令和4年4月から必要になり、継続する屋内作業場における溶接ヒュームのばく露濃度測定にあっては今年度中に行うことが求められています。しかし、コロナ禍もあって特化物作業主任者講習開催の中止、作業環境測定機関におけるばく露濃度測定の延期等、それぞれの関係者において思うように進捗していないのが現状です。さらに令和5年4月からは呼吸用保護具のフィットテストの実施が迫っており、準備の一環としてマスクフィットテスト実施者養成研修が中央労働災害防止協会で開催進行中です。私も12月に受講予定ですが、対象事業場の全作業者に対して、毎年1回マスクの密着度の良否を判定することが義務付けられています。確認を受けた者の氏名等についてその記録を3年間保存しなければなりません。私の知るところでは、ここまで自主を超えた、ある意味強制的に厳しく管理された物質は石綿等8種類の使用禁止物質の他に経験した覚えはありません。

 

 ところで「溶接ヒューム」は特化物管理第2類物質であり、他の第2類物質同様に特化則の規制を受けることになります。一方、その溶接ヒュームの有害性に目を向けますと、今回の改正において、「なぜ特別管理物質に該当しなかったのか」ということが気にかかります。考えてみればアーク溶接作業についてじん肺健診はあったものの作業環境測定は鉱物ではないこともあり、粉じん測定としての義務対象物質ではありませんでした。国際がん研究機関(IARC)では「溶接ヒュームが人に対して肺がんのリスクがある」、日本産業衛生学会においても本年5月に溶接ヒュームとして「発がん分類第1群」を提案したように、溶接ヒュームのがんに対するリスクが高いことは国際的に認知されています。肺がんだけでなく、腎臓がんや溶接に伴う紫外放射に伴う眼内黒色腫(眼内組織の悪性腫瘍)の発症リスクも高いとされています。今後において溶接ヒューム中のマンガンによる健康影響のみでは解消されない多様性のある有害物質であるといえます。アーク溶接はどこでも普通にみられる作業ですが、今後どのような経緯をたどるのか注目です。

岡本 浩