産業保健コラム

南部 知幸


所属:もみじヶ丘病院 理事長

専門分野:精神医学(精神病理学、青年期精神医学)

雑感

2018年11月1日

 精神科診療に携わって40年余りになる。10年くらいたてば何とかそれ
なりの力量が身につくのではとの甘い思いもあったが、そう言った事は夢
のまた夢。年を経るほどに解らなくなる。真摯に学ぶ姿勢に欠けたが故に
との指摘は甘受するにしても、診断しかり、ましてや治療と言う事になる
と頭が痛くなってくる。

 

 尊敬する故名誉院長は「患者さんの話を聞いてるだけ、何もしてませ
ん。」と言われていたが、そういった悟りの境地からも程遠く、聞く事も
ままならない。なら診療に携わるべからずとの声が聞こえてくるが業と
言うべきか。そう迷惑にならないよう、自己治癒力を阻害しないように
との思いを持ちながら、日々、拙い診療を続けている。

 

 また大先輩の故名誉教授は、統合失調症という事態は、身体‐心理‐
社会‐文化、それら全体を条件として成立すると述べられたが、心の病を
診るとき、曖昧との癖を指摘されようとも、「人というものに随伴する
わからなさ」を付け加えねばならないと思う。しかし、これら五条件の
もとに心の病をみていくことは、生易しい事ではない。

 

 科学の進展はすさまじく、心の病も脳に還元可能とする意見が優位を
占める。人を機械とみなすこの道筋は、究極的にはAIと人との戦いと
なり、悪夢のシュミレーションへと誘う。ごく平凡な人のささいな感じ、
思い、心を素朴に大切にすることの重要さに思いを馳せる。

 

 閑話休題。昨年度の精神障害での労災認定の請求件数は1732で、決定
件数が1545認定件数506そのうち自殺自殺未遂件数は98件でいず
れも過去最高との事である。疲弊した人の姿が浮かぶ。それでも職場の
精神保健対策は確実に進展している。
 今年度、厚労省でパワハラ防止の法整備が始まり、中、地方企業も働き
やすい職場づくりに動きだしたと言う。さまざまな事があり、さまざまな
事を想う。その中で精神科臨床の持つ意味を問うていかねばならないと
思う。

南部 知幸