産業保健コラム

須賀 英道


所属:龍谷大学 保健管理センター教授 センター長

専門分野:精神科診断学・メンタルヘルス教育

ストレスチェックの開始と現場の混乱

2015年11月2日

 労働者に対するストレスチェックが今年の12月から義務化されるが、大綱は決まっていても詳細は現時点でバラバラなのが実情である。現場で具体的に何をすればいいのかが現時点でも理解されていない。EAP事業が既に多くの事業所にストレスチェック業務の売り込みを始めているが、チェック後のフォローなどが一貫されていない。
 メンタルヘルス的に厳しい職場環境にあると言われる現在、ストレスチェックの有用性は頷ける。しかし、その使用法を誤ると一体何をしているのか見えなくなって行く。
 まず、厚労省は事業所にストレスチェックの施行を義務化しているが、労働者のストレスチェックの提出は任意である。ここに大きな落とし穴がある。提出が任意であると言っても、事業所規模や職場の体質、人間関係など様々の要因から強制的に提出が求められることも十分考えられる。そこでは、労働者側の立場では深刻なプライバシー状況を知られたくないという心理反応から、提出されるチェック内容は虚偽事項である可能性が高くなる。また、実際にストレスが高い労働環境にあって一部の精神症状や身体症状が生じ、クリニックなどでの治療を受けている労働者が敢えて提出しないこともありうる。つまり、通常の健康診断における検査項目と同等の診断価値はストレスチェックには求められないのである。
 さらに、ストレスチェックの施行という視点が職場に入ることによって、個人の信用性低下や人間関係のトラブル、コミュニケーションの浅薄化など多くの問題を生むことになる。ストレスチェックの施行がなければ円滑にあった職場環境を崩してしまうこともありうる。
 もう一点は、施行後に誰がそのデータを評価するかということである。EPA事業では、提出されたデータを本人に返し、そこにストレス度や種類から対策アドバイスをフィードバックする。これは1次予防的視点から好ましいことである。しかし、産業医が提出された個人データを評価することになると多くの問題が生じる。ストレッスチェックのフィルタリング目的使用への暴走である。
 今不穏な雰囲気を感じるのは、産業医系の団体で精神科医とは別にストレスチェック対策についての動きがあることに精神科医側から反発の動きが出ていることである。現在、産業医のうち精神科医の占める割合は低く、差し迫る状況の対処にこれまで中心的に活動していた産業医が動くのは当然である。そのため精神科医とは別視点でストレッスチェック対策がなされる動きがある。私はこの動きを楽観視している。それは、おそらくこれは高いストレス下にあって気分やモチベーションを下げている人たちへの気分の回復や向上を求める健康指導と見ているからである。しかし、精神科医側からはうつ病や発達障害などの精神疾患のフィルタリング目的でのストレスチェック評価をしている人が多い。今後、産業医に増えていく精神科医が、従来のフィルタリング目的をストレッスチェックの最優先課題とされることに危惧を覚えるのである。
 実は、私の所属する大学で5年前からストレスチェックを施行し、高得点の方を事後指導対象にするというシステムを作ったのだが、個人指導の視点では期待ほどのものとはならなかった。それは、実際にメンタルヘルス状態が悪化している人からの提出率が低かったからである。しかし、施行前と比べると確かに全体的なメンタルヘルス効果は認められた。職員系の提出率は高いため、ストレスの高い職場への産業医の介入が行われるようになったからである。個人的相談よりむしろ、職場に対する産業医視点での意見を入れることで環境改善につながっているのである。
 ストレッスチェックをどのように活用するか、今後の期待と不安の錯綜するこの頃である。

須賀 英道